原因・理由表現形式の通時的分布概観
舩木 礼子
1.目的
本稿は、現代の日本語諸方言で用いられている原因・理由表現形式が、通時的にどのような変化をたどって現在に至っているのかを確認するために、日本語の歴史的な資料から分かる原因・理由表現形式の通時的分布の概略を把握しようとするノートである。
通時的な観点による原因・理由表現形式の考察は研究の蓄積があるので、以下、時代ごとに主要な先行研究をまとめていく。なお、本稿で挙げている例は先行研究で指摘され示されているものであることをことわっておく。
2.上代・中古
上代・中古期は、未然形、連用形、已然形などの活用形が接続機能を受け持つため、接続助詞に現代ほどの機能が求められていなかったと考えられるが、助詞「ば」や形式名詞出自の接続助詞がわずかに存在する。本節では、主に山口(1980)、西田(1977)、木下(1972)を参考にして、上代・中古に用いられた原因・理由表現形式を整理する。
2.1 已然形+ば
上代の原因・理由表現形式の特徴は、「已然形+ば」が中心であることだ。この時代、「已然形+ば」は確定条件を示すが、確定条件の中を現代のように細かく分化して別形式で表すことはなく、前件と後件の関係は前後の文脈で分かってくるものである。
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(a) 前件と後件に因果関係がある場合に、原因・理由をあげて帰結を導く
ふるさとは吉野の山し近ければ一日もみ雪降らぬ日はなし(『古今』321) |
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(b) 前件と後件の因果関係が恒常的である場合には、一般的原理、真理、道理を述べる形式になる |
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(c) 逆接と解される確定条件表現の例がある
「…したところ」、「…した、その場合に」、「…したその時に」、「…すると」などの意味で、前件の行動や事態にひきつづいて後件の動作や事態が生起、展開することを示す |
助詞「ば」は、自体が概念化された特定の意味を持つ語ではなく、前件と後件の間に「ば」があるときは、文脈の流れから順接、逆接などの解釈がなされる(西田1977:276)。
2.2 ものゆゑ・ものゆゑに
形式名詞「もの」に形式名詞「ゆゑ」がついて一語化したものが、接続助詞「ものゆゑ」「ものゆゑに」である。これは名詞性が強く、活用語の連体形を受ける。ただし、奈良時代には『万葉集』に5例あるだけだという。
平安時代の用例は、大部分が「…なき」、「…ざらむ」、「…ぬ」など否定の形をうけている。平安時代には「ものから」が主流となり、「ものゆゑ」は主として和歌に用いられたが、早く古語化して、鎌倉時代以降にはあまり用いられなくなった。
接続助詞「ものゆゑ」、「ものゆゑに」の用例の大部分は逆接だが、順接もある。「ゆゑ」が理由を表す場合に順接にも逆接にも用いられる語だからだ。
・秋ならで逢ふこと難きをみなへし天の川原に生ひぬものゆゑ〈逆接〉(『古今』231)
・わが故に思ひな痩せそ秋風の吹かむその月逢はむものゆゑ〈順接〉(『万葉』3586)
2.3 ものから・ものからに
「ものから」、「ものからに」も、形式名詞「もの」に格助詞「から」がついて一語化し助詞になったものであるが、「から」は「ゆゑ」と対置されており、逆接の関係を示すものであった。やはり活用語の連体形につくという名詞性がある。
奈良時代の用例は少なく、『万葉集』に6例しかないという。平安中期頃までは盛んだが、院政期以降はふるわなかったといい、極めて短期間に使用された形式であるようだ。
なお、平安時代になると、「ものから」と古語化した「ものゆゑ」とが同じ意味に理解されていた。
・ともにこそ花をも見めと待人のこぬものからにをしき春かな(『古今六帖』1)
3.中世・近世
中世、近世期に用いられた原因・理由表現形式の特徴は以下の2つである。
(1)「已然形+ば」が確定条件から仮定条件をあらわすことのできる形式へと変化
(2) ホド、アイダ、トコロ、サカイ等の形式名詞中心の多数の接続助詞の誕生
以下、山口(1980)、安田(1977)、阪倉(1958、1975)、木下(1972)、小林賢次(1996)などを中心にまとめる。
3.1 已然形+ば
助詞「ば」に関わる表現は、院政・鎌倉時代から江戸前期にかけてが過渡期である(以下の【資料】を参照のこと)。阪倉(1958)は、原因・理由表現の「ば」を含む確定・仮定条件表現の変遷とその問題点について以下のように述べている。
阪倉は「既定条件と仮定条件の交錯」という問題を解くには、まず以下の〔1〕〜〔3〕のような意味的重なりが鍵になるとする。また、その後恒常確定の表現形式の方が力を得て、近代語に至っては完了性未然仮定表現の領域を侵すようになったという問題については、阪倉は室町期の口語的な資料にみられる「用言+ならば」形式の一般化を重要視し、〔4〕〜〔7〕のような変遷があったという。
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〔1〕上代には恒常仮定(未然形+ばの仮定)は「〜せば〜まし」による反事実の仮定や、後件が形容詞となっている超時間的な属性を述べる表現以外にはあまり例がない。 |
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〔2〕完了性未然仮定を明確に表現するためには「用言+たらば」形式が存在したのに対し、恒常仮定の表現を得に担うべき形式(たとえば「用言+ならば」)はまだ存在しない。 |
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〔3〕しかも意味的には恒常仮定(未然形+ば)形式は恒常確定(已然形+ば)形式でも表しうる。 |
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〔4〕「用言+ならば」形式が完了性未然仮定の表現にも用いられるようになって「用言+たらば」で表される必然仮定と等価になる傾向がでてくる。 |
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〔5〕「ほどに」「さかひに」「によつて」「あいだに」「ところで」などの必然確定の形式が多産される。これによって必然確定・恒常確定両方を表せた「已然形+ば」は、しだいに恒常確定の意味に限定されていく。 |
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〔6〕恒常確定が超時間的な表現であること(〔3〕参照)から、〔4〕のように必然仮定との区別を失いつつあった「用言+ならば」よりも「已然形+ば」が恒常仮定的な表現に選択されるようになった。 |
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〔7〕「用言+ならば」が恒常仮定から完了性未然仮定に移っていった後を追って、「已然形+ば」が「モシ」と呼応して完了性未然仮定に近い意味を表すのにも用いられ出した。 |
3.2 ほどに
「ほどに」という形式は、鎌倉期はまだ順接の関係を示す用例だけではなかった。室町末期以降には「動詞の後に置かれたホドニは理由を示し、ニヨッテと同意である」(『大文典』)という状態になる。
・年寄りましたさかいに、また参りますも大儀ぢやほどに、頼みます(『鹿の巻筆』江戸期)
3.3 あひだ・あひだに
「あひだ」・「あひだに」は鎌倉期に多用されていたが、室町期には、書きことばのうちでもとりわけ書簡文に限られていったという。
3.4 ところ・ところに・ところで
「ところ」、「ところに」、「ところで」の成立事情は「あひだ」と同じで、室町時代に発達した。「あひだ」と同様、単独でも用いられ、「に」や「で」などを伴った形は「接続法として盛に用ゐられ、甚だ上品である」(『大文典』)とされた。
ロドリゲスは「トコロデはホドニと同じく理由を示す。(中略)往々文又は句の初にトコロデだけ用ゐられたものは、かくして、これこれなのでといふ意を示す」と述べるが、必ずしも一概には言えず、句や文の接合部分には原因・理由の関係がなくても、継起的でも、ほとんど用いられている。この傾向は書簡文でより顕著にみられる。
江戸後期になると、もっぱら「〜タトコロガ」、「〜タトコロデ」の形式が中心になる。
3.5 さかひ・さかひに・さかひで
「さかひ」、「さかひに」、「さかひで」は、「ところ」に比べて条件接続として解釈されやすい文脈に生起する。ただし、「に」や「で」が後接する形式が並行している点から、「ところ」の類義語とされていたと考えられている。
『大文典』では、「あげた」「あげうずる」に続くものとして「じせつ(時節)」、「じぶん(時分)」等と共に「さかいに」が挙げられている。また「あげまいに」と同様の表現として「あげまいさかいに」を挙げている。
古い例は『蕉窓夜話』の「其次ニ中有一峰ト我名ヲ出トスルサカイニ、破庵ノハタト打レタホドニ」で、江戸前期には、「ほどに」とならんで広く使用される(亀井1936)。江戸中期には関東の「から」に対応する上方方言形式という認識がひろがっている(『物類称呼』、『浮世風呂』など)。
「さかひ」は初期の東国系の文献にも見られる。ただし、初期東国文献(抄物等)は教養層(洞家僧)によるものであるため、文化・教養の中心たる上方およびこれをいち早く取り入れた北陸の禅僧の影響がかなり強いといえる(金田1977)。
3.6 により・によつて
近世には、「已然形+ば」や「あひだ」を、「によつて」や「ほどに」で言い替えるようになった。こうした置換において、「によつて」、「により」が盛んになった。
3.7 から
以前から使用されていた「からに」は逆接も表すようになる。また、これとともに、「に」の脱落した「から」の例、さらに「は」の付いた「からは」も見え始める。
この時期、「惜しむから恋しき物を」(『古今集』)に対して「からハゆへニ也」(『古今私秘聞』)と解釈されているように、「から」は原因・理由の意味として捉えられるようになっていたと考えられる。
接続助詞「から」の成立は格助詞「から」の動向と無関係ではない。格助詞「から」が連体形を承けると、それを起点として後件があるから、格助詞が接続助詞に変化したと見ることができる。つまり原因・理由の接続助詞「から」は、「からに」の末裔と格助詞「から」の変化の2つの系譜がからまってできたものと考えられる。
江戸時代以後は、「ほどに」が使われなくなる一方で、「から」がよく出現するようになる。
3.8 で・ので・のに
『大文典』に「物を申すでくだびれた」の例のある「で」は、ロドリゲスによると、「ニ」、「ヨリ」などと共に「奪格の助辞」であったが、連体形に直接していた「で」は準体助詞の「の」を介して接続助詞に発展し「ので」となった。
元禄頃に使われ始めた「ので」だが、江戸前期では「ので」出現以後も、「で」と「ので」が共存することが少なくなく、格助詞の段階にとどまっていたと解釈できる。江戸中期以後は、「で」も用いつつも、例えば『古今集遠鏡』では「うすくや人のならむと思へば」を「思フノデ」と対訳しているように、「ので」の接続助詞化がはじまったといわれる。しかし、江戸後期も「から」「さかひ」「ところ」などとの競合関係において「ので」の用例は多くなく、「ので」の発達は明治時代以後のことだという(原口1971)。
3.9 上方資料に現れる原因・理由表現形式
小林千草(1973、1977)によると、上方で用いられていた原因・理由表現形式の特徴は、優勢だった「ほどに」が激減し、これにかわって「によって」が優勢になったことである。また、「によって」も「よって」と経て「よってに」を生み出すなど、現代の近畿地方の伝統的方言の原型がこの時期にできたといえる。しかしまだ中世・近世期は「さかひ」があまりさかんではなかった。なお、「から」や「ので」は宝暦以降に用例がみられるようになった。
また近世期各地の方言資料を精査した彦坂(2000)では、伊勢地方の『伊勢かさづけ冠付雑俳』に「で」の使用が最も多いこと、「に」は順接・逆接の両方に使用されており(全体としては逆接が多い)、格助詞とも接続助詞ともとれて、意味も文脈に依存する度合いの高い例もあることを明らかにしている。「に」が古く「で」が後からできたものであり、「に」の文脈依存度の高さが嫌われ、「で」の相対的な理由表現の明示性が評価されて原因・理由表現としての「で」ができたと考察している。
3.10 その他の地方資料に現れる原因・理由表現形式
前掲の彦坂(2000)によると、中国地方の「田植歌」に「けに」が1例見えるという。
・「いねがよいけにたわらおわめやせんとく」
接続助詞的な「から」は孤例だが、「に」や「ほどに」などは数例あり、現在の中国方言には見られない形式が近世初・中期以前にはあったことがうかがえる。
また、佐賀では、滑稽本『滑稽洒落一寸見た夢物語』に「けへに」や「けん」が多用されている。薩摩では、「で」や「よって」が多い(『大和口上言葉集』)。
4.近世末期・近代
4.1 江戸・東京
近世末期から近代の江戸・東京で用いられた原因・理由表現形式の特徴は、1760年ごろから「から」、「もんだから」、「ので」以外の「その他」が急激に減少して、「から」中心になったことと、「から」に少し遅れて「ので」が出現し、定着していったことである。「ので」は1850年頃に確立し、1890年頃に定着していくなかで、上接要素の活用形による違いから「ので」独自の意味・機能が生まれたという(原口1971、吉井1977)。
4.2 上方
一方、上方では、小林千草(1977)や金沢(1998)によると、圧倒的に多かった「よって」や「よってに」が次第に減り、それまで少なかった「さかひ」が伸びて、「よって」・「よってに」と「さかひ」の拮抗状態になったという。
「ゆえに」は少ないながらも男性に安定的に用いられていたが、明治中期以降に廃れていった。これに対して、「から」や「ので」は少ないが定着してくる。なお、「ほどに」は殆ど使われなくなった。
参考文献
金沢裕之(1998)『近代大阪語変遷の研究』和泉書院
金田弘(1976)『洞門抄物と国語研究』桜楓社(第9節「接続辞『サカイ』考」)
亀井孝(1936)「理由を表はす接続助詞『さかいに』」『方言』6.9
木下正俊(1952)「条件法における仮定確定の呼応の存否とそれに関する万葉集の訓詁私見」『国語国文』21.3
木下正俊(1966)「条件法の構造」『国語国文』35.5
木下正俊(1972)『萬葉集語法の研究』塙書房
小林賢次(1992)「原因・理由を表す接続助詞―分布と史的変遷―」『日本語学』11.6
小林賢次(1994)「条件表現の変遷―仮定表現形式の地理的分布とのかかわり―」『日本語学』13.8
小林賢次(1996)『日本語条件表現史の研究』ひつじ書房
小林千草(1973)「中世口語における原因・理由を表わす条件句」『国語学』94、『中世のことばと資料』武蔵野書院1994所収
小林千草(1977)「近世上方語におけるサカイとその周辺」近代語学会編『近代語研究』5、武蔵野書院
小林好日(1944)「東北方言に於ける助詞『さかい』」『国語学論集〈橋本博士還暦記念会〉』岩波書店
阪倉篤義(1958)「条件表現の変遷」『国語学』33
阪倉篤義(1975)「条件表現の変遷」『文章と表現』角川書店(『国語学』33に発表した論文を加筆のうえ所収)
阪倉篤義(1977)「国語史の時代区分」松村明編『講座国語史第1巻国語史総論』大修館書店
田中章夫(1993)「因果関係を示す接続の『デ』『ノデ』の位相」『近代語研究』9
田中章夫(1977)「助詞(3)」『岩波講座 日本語7 文法U』岩波書店(接続助詞は409-427頁、主として「(2)因果関係をあらわす接続助詞」(412-415頁)を参照)
西田直敏(1977)「助詞(1)」『岩波講座 日本語7 文法U』岩波書店(接続助詞は273-287頁)
原口裕(1971)「『ノデ』の定着」『静岡女子大学研究紀要』4
彦坂佳宣(2001)『全国方言地図と文献との対照による助詞・助動詞の発達・伝播に関する研究』科研費報告書(3章 接続助詞 原因・理由を表す助詞の分布と歴史(42-86頁))
彦坂佳宣(2000)「西部日本における原因・理由表現の分布と歴史」「論究日本文学」72(立命館大学文学会)
益岡隆志編(1993)『日本語の条件表現』くろしお出版
安田章(1977)「助詞(2)」『岩波講座 日本語7 文法U』岩波書店(接続助詞は313-335頁)
山口堯二(1980)『古代接続法の研究』明治書院
吉井量人(1977)「近代東京語因果関係表現の通時的考察―「から」と「ので」を中心として―」『国語学』110
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