[あきた時評] 2003年6月14日

CD-ROM版/秋田弁が広げる人の輪


 1997年に始まった県教育委員会の一連の方言収録事業が、まもなく完結する。2000年に刊行された「秋田のことば」(無明舎出版)は、すでに7千部を販売。このたび、そのCD-ROM版が刊行される。
 97年に秋田大学に赴任して以来、ずっとこの事業にかかわってきた。そもそも山口県出身、秋田に住んで6年程度の私が、秋田弁をいくらかでも理解できるようになったのは、ひとえにこの事業にかかわれたおかげである。方言研究を専攻している身でありながら、秋田に来た当初、地元の人の会話が8割方理解できなかった。それが今や――などと、感慨にふけるのは、実はまだ早い。来月の刊行に向け、今現在も校正作業が続いているのである。
 CD-ROMの校正というのは、本の校正とはかなり勝手が違う。本であれば、ページを追って朱書き訂正していくところだが、CD-ROMの「ページ」は、本のように連続的に並ぶものではない。ボタンをクリックして正しい画面が現れるかどうかを、まず確認しなければならない。テキストの訂正も、ファイルを丸ごと差し替える、という方法であり、訂正したファイルは電子メールで送信。このほかの連絡事項もほとんどメールで行う。CD-ROM制作にかかわる、執筆者、出版社、デジタル制作会社の間を、メールが頻繁に行き来する。
 校正作業で出てくる問題点は、実際にはテキストの訂正よりも、画面のわかりやすさや機能への注文のほうが多い。デジタル制作を担当しているのは、東京のボイジャーという会社だが、執筆者側が細かい注文をつけているうちに、5月の半ばには、オーサリング(マルチメディア作品における編集作業)の担当者が、疲労で倒れるということまで起きた。
 実は、書籍版の時も、校正が5校まで続いた。出版は当初の予定よりも半年以上遅れ、完成した時には、関係者はすでに消耗しきっていた。完全なものを作るためには十分な時間と気力と体力が必要なのである。
 デジタル制作の作業があまりにも過酷を極めているようだったので、励ましのメールを送ったところ、ボイジャーで総指揮を務めるK氏から、返信があった。ねぎらいへの感謝のことばに続けて、「今回のお仕事を通じて、秋田弁のやわらかいやさしい響きに魅了されました」とあった。
 秋田から遠く離れた東京の、デジタル制作という「無機的な」作業を担当している人の仕事場で、秋田弁がBGMのように流れている。その秋田弁の音色が、憔悴した作業者の耳に、心地よく響いている。そんな光景が脳裏に浮かんだ。
 秋田弁を通じて人の輪が広がる。これがこの事業の最大の魅力だったのではないかと思う。

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