[あきた時評] 2003年11月22日

シマとクニ/切り捨てのターゲット


学生の頃から、方言調査と称して、日本各地を回っている。富山県の五箇山、長野県と新潟県の県境に位置する秋山郷、山梨県の奈良田など、秘境と呼ばれる土地を訪れ、自分の日常とは異なる時間の流れを実感するのが楽しみの一つである。

 とりわけ印象深い土地といえば、伊豆諸島の一つ、利島である。人口300人程度のこの島のおばあさんたちは、実に勤勉でかつ快活であった。8年前に私が訪れた際、島には船着き場が建設されている最中で、おばあさんたちは、島の生活が便利になることを心から喜んでいた。開発により都市部との行き来が容易になることは、かえって過疎化を深刻にする。他の多くの土地で目にするのは、こうして明るい未来を描けなくなり苦悩する高齢者たちの姿である。そうした中で、この島のおばあさんたちの屈託のない表情は、なんとも前向きで、希望に満ちたものであった。

 ところで、こうした伊豆諸島および小笠原諸島の言語調査に伝統的に携わってきたのは、東京都立大学の研究者たちである。考えてみると、これらの離島は、行政上、東京都の管轄下にある。都立大の研究者は、自らの所属する大学の使命を十分に踏まえた研究を全うしてきたわけである。

 今、東京都の都立4大学(都立大、科学技術大、保健科学大、都立短大)が、再編統合問題で揺れている。8月に東京都は、それまで都と大学との間で進められてきた協議をまったく無視した形で、4大学をいったん廃止し、一つに統合するという新構想を提示した。「都市教養学部」「都市環境学部」などの一見目新しい(しかし実体を伴うとは言い難い)新学部名を掲げる裏には、当然のことながら、大幅な教員のリストラと現行の学部・学科の廃止がある。そして、その切り捨ての最大のターゲットとなったのが、こうした離島の言語調査を行ってきた研究室を含む、都立大の人文学部文学科なのである。

 「都市」を看板に掲げる新学部の中では、離島の言語調査などは、積極的に取り組まれることはなくなるだろう。これまでの研究の蓄積も膨大な図書資料も、このままでは、行き場を失ってしまうことになる。

 秋田大にも、具体化の見通しは立っていないが、弘前大、岩手大との再編統合構想が浮上している。東京都の例と重ねるわけにはいかないが、結局のところ、経済問題が大学改革に波及し、その結果、切り捨ての対象となるのが、文系学部であり、地域研究であるという構図は、決して人ごととして見過ごしにはできない。

 利島のおばあさんは、自らの住む地のことを「シマ」、本土のことを「クニ」と呼んでいた。「シマ」と「クニ」−−この言葉に表れた距離感を、「クニ」の側はどれほど意識しているだろうか。

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