[あきた時評] 2004年5月22日

本荘・由利の方言/日本海沿岸地域と共通点


 本荘市教育委員会編『本荘・由利のことばっこ』(秋田文化出版)が刊行された。秋田県内でも歴史的に独自の歩みを続けてきた本荘・由利地方は、言葉の面でも、秋田県の他の地域とは異なる特徴が見られることで知られている。私も編集・執筆にたずさわった一人であるが、今回、この地域で詳細な調査ができたことは、たいへん貴重な経験であった。

 本荘・由利地方は、古くから山形県の庄内地方とのつながりが深く、言葉の面でも庄内地方との共通点が多い。また、本荘・由利から庄内、さらには新潟、北陸、近畿地方にまで連なる(そして東日本の他の地域には共通しない)言葉というものもいくつか見られ、かつて日本海沿岸地域に確立していた交流圏の存在をうかがわせる。

 そうした言葉の代表的なものが、共通語の「だろう」に当たる推量の表現である。本荘・由利地方以南(以西)の日本海沿岸地域は、他の大部分の東日本の方言で用いられる「べ(べい)」を用いない。代わりに本荘・由利地方や庄内地方で用いられるのは、「であろう」に由来する「でろ」である。

 今回、本荘市出身在住の老年層(70-80代)、中年層(40代)、若年層(10代)に対して世代別の多人数調査を行った。その中の調査項目「明日も雨が降るだろう」における「でろ」の回答率を見ると、老年層67.7%、中年層53.3%、若年層8.8%となっており、若い世代で激減していることが分かった。一方、「べ」の回答率は、老年層54.8%、中年層80.0%、若年層67.6%であり、中年層・若年層では「でろ」を大幅にしのぐものとなっている。

 この調査とは別に、面接で聞き取り調査を行った年配の話者の中には、この地域で使われる「ベ」について、「戦後、秋田市から伝わったもの」と明確に意識している方もあった。この話者にとっては、子供の時分に聞いた「べ」は、「他の地域の訛り言葉」というようなマイナス・イメージのものではなく、むしろ「ハイカラ」で、憧れを感じさせるものであったという。

 語形だけを見ると、「べ」よりも「でろ」の方がよほど共通語形の「だろう」に近い。実際、「でろ」はかつては「威信」の高い言葉として、この地域で取り入れられたものと考えられる。ところが、現在、この地域の「でろ」は「古くさい」言葉として、消えてゆく運命にある。その代わりに用いられるようになったのが、この地域で「威信」の高い、秋田市の方言であるということは、それはそれで、地方には地方の序列があることを示しており、興味深い。

 言葉に対する評価とは、このように、言葉そのものの機能や性質によって決まってくるわけではなく、時代や社会の変動によって、いくらでも変わっていくものなのである。

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