方言トリビア/標準語の元は何弁なのか
フジテレビ系の人気番組「トリビアの泉」から問い合わせがあった。
「標準語の元になったのは山口弁だというのは本当か」
山口県といえば、明治以来、有力政治家が輩出したことで知られている。幕末に活躍した吉田松陰、高杉晋作、木戸孝允らの長州藩士たち。明治新政府においても重要な地位を占めた伊藤博文、井上馨、山県有朋。彼らの言葉が標準語の元になった、というのだ。本当だったら、確かに「へぇ〜」である。
井上ひさしの戯曲「國語元年」では、長州出身の文部省官吏、南郷清之輔が「全国統一話し言葉」の制定を命じられる。試行錯誤の末の清之輔のセリフ「じつはノンタ、ワシャーついに五日目にして答えを得たのジャ。全国統一話し言葉はドガーしたらできるかチュー難問に、只今(ただ・いま)、答を得たのでアリマスヨ」。「ノンタ(ね)」「ワシ(私)」「ジャ(だ)」「ドガー(どのように)」「デアリマス(でございます)」など、山口弁の目印になる表現が満載であるが、これらはいずれも標準語には採用されていない。
明治に入り、標準語の制定が国家事業として位置づけられたのは事実である。明治35年に文部省に設置された国語調査委員会の調査方針には「方言ヲ調査シテ標準語ヲ選定スルコト」という一項が掲げられている。そしてその調査報告書では「主トシテ今日東京ニ於テ専ラ教育アル人々ノ間ニ行ハルゝ口語ヲ標準トシテ案定シ」という方針が示されている。
標準語の準拠するところを、主に東京の教養層の言葉に求める、ということである。標準語の元になったのは山口弁、というのは、事実ではないのである。
方言をめぐる「俗説」には、さまざまなものがあるが、次もその一つだろう。
「東北地方は寒いので口をあまり開かないようにするために言葉がなまる」
『國語元年』で、清之輔は東北弁について次のように言う。「寒さのせいで奥羽人は口を動かすのが大儀なのでアリマショーナ。そこで五個あるべき母音を四個でごまかすのでノンタ。ジュとジとズの三個の音をズの音一個で間に合わせてしまうわけでアリマスナ」
東北弁では、イとエが混同されたり、ジとズなどが混同されたりするため、母音が少なくなっているように見えるが、イ列音とエ列音あるいはウ列音のすべてが混同される訳ではなく、アイウエオの五つの母音はやはり存在する。さらに「貝」が「ケァ」、「おまえ」が「オメァ」のように、ai・aeの連母音が融合した「エァ列音」が加わるため、標準語よりも母音が1種類多くなっている。一方で、「暑い」地方の代表格である沖縄(首里)の方言には、母音(短母音)がアイウの三つしかない。
残念ながら、これらの説は「トリビア」にはなり損ねてしまったようだ。
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