[あきた時評] 2005年9月3日

内地研究員/「余裕」こそ創造の原動力


 9月から半年間、秋田を離れることになった。秋田大学の内地研究員の制度により、東京の国立国語研究所に派遣されることになったためだ。
 内地研究員制度とは、大学教員の教授研究能力の向上のため、教員を6〜10カ月間、国内の他の大学、研究所などに派遣するというものである。国立大学法人移行後は、各大学ごとに制度化されるようになったが、もとは文部科学省に設置されていた制度である。
 欧米の大学には、サバティカル(sabbatical)制度がある。これは、通例7年ごとに大学教員に与えられる1年間の有給休暇である。手元の和英辞典によると、古代ユダヤ人が7年目ごとに休耕したという、宗教上の安息年(sabbatical year)に由来するらしい。内地研究員制度は、サバティカル制度のように定期的に行使できるものではないため、私にとって今回は満を持しての機会取得である。
 大学教員の仕事は、研究・教育・大学運営に大別できる。私の場合、もっとも時間を費やすのは教育(授業とその準備、学生指導)で、年を追うごとに比重を増してきたのが大学運営(学内委員会などの業務)にかかわる仕事。それに対し、削らざるを得ないのが研究に従事する時間である。
 研究というものは、そもそも日常業務とは相いれない。授業や会議は一定の時間内に終わるものだが、研究は時間単位で進むものではないし、1日の業務の中に細切れに組み込めるものではない。一瞬のひらめきが生まれるまでには、何十時間の沈思黙考の(一見ぼうっとしているだけのように見える)時間が必要なものである。
 かつて大学院生だった最後の年に、博士論文を書いた。その1年は、週に数回外出する以外、ずっと自宅にこもって沈思黙考にふけっていた。
 収集したデータの中に、新しく見つけた現象があった。だが、その現象の意味がうまく説明できない。説明はうやむやのまま、現象の指摘だけにとどめようか。でもそれでは論文にならない――。ある日、ふと、それまでまったく別々に見ていた二つのデータが、ある観点で結びつくことに気づいた。出口の見えた瞬間だった。
 別々に見えるものを結びつける。そうした研究者としての思考のメカニズムを磨くことは、教育にも大学運営にも生かされることである。内地研究員もサバティカルも、それを保障するための制度だと言える。
 こうした制度の有効性は、大学教員に限らないだろう。海外では、サバティカル休暇制度を導入する国や企業もあるようだ。こうした制度に保障される社会の「余裕」は、新たな創造を生み出す原動力になる。

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