●受動文の動作主を表すカラの適格性……秋田・岩手(花巻)・福島(喜多方)・近畿地方・熊本
受動文の動作主、およびテモラウ文の相手を表す助詞「カラ」について、適格性の判断をしてもらうアンケート調査を行った。調査地域は、@秋田(秋田大学学生)、A岩手(花巻南高等学校生徒)、B福島(喜多方女子高等学校生徒)、C近畿地方(京都橘女子大学学生/神戸山手女子短期大学学生)、D熊本(熊本高等学校生徒)である(いずれも当該地域内出身者)。調査は、「カラ」を含む各調査文について、「使う」「使わないが不自然ではない」「使わないし不自然である」のうち、当てはまるものを選んでもらうというものである。
標準語の場合、「尊敬する」、「感謝する」のような感情の動きを表す動詞や、「命じる」、「頼む」、「教える」のような2者間のやりとりを表す動詞による受動文・テモラウ文では、その動作主を「カラ」で表すことができるが、物理的働きかけを表す動詞(「殴る」「助ける」など)や創造的行為を表す動詞(「書く」「建てる」など)による受動文・テモラウ文では、その動作主を「カラ」で表すことができない(前者では「ニ」、後者では「ニヨッテ」が用いられる)。また、いわゆる「第3者の受身」では、「カラ」は用いられず、「ニ」が専用される。すなわち、今回の調査文では、(2)(4)(6)(8)(13)が、標準語の「カラ」にとって適格な用法であり、それ以外は不自然なものであると言える。
一方、『方言文法全国地図』の調査では、第27図「犬に追いかけられた」において山形および九州南西部(佐賀・長崎・熊本・宮崎・鹿児島)で「カラ」が回答されており、また、第26図「息子に手伝いに来てもらった」において秋田・山形・新潟を主な分布域として「カラ」が回答されている。今回の調査結果にもこうした地域差が反映しており、<秋田>では、物理的働きかけを表す動詞のテモラウ文(調査文(14)(15))での「カラ」の許容度がかなり高く、物理的働きかけを表す動詞の受動文(調査文(1)(5)(9)(10)(11))の許容度も高い傾向にある。<熊本>では逆に、物理的働きかけを表す動詞の受動文の方で他の地域に抜きんでて許容度が高く、物理的働きかけを表す動詞のテモラウ文の許容度も高い傾向にあると言える。それに対して、<岩手>、<福島>、<近畿地方>の回答結果は、項目によって多少の異同はあるが、物理的働きかけを表す動詞の場合、受動文、テモラウ文とも「カラ」の許容度は相対的に低い。ただし、<秋田>、<熊本>においても、創造的行為を表す動詞による受動文(調査文(3)(7))や「第3者の受身」的な受動文・テモラウ文(調査文(12)(16))では、「カラ」はほとんど許容されていない。「カラ」の用法が標準語に比べて広いと言われる地域においても、「カラ」の使用は「動作の出発点(起点)」という意味を拡張できる動詞の受動文・テモラウ文に限られていることが分かる。
【参考文献】
国立国語研究所編(1989)『方言文法全国地図
第1集』大蔵省印刷局
福嶋秩子(1992)「新潟方言の格助詞「カラ」の用法をめぐって」『日本語学(特集
方言地図と文法)』VOL.11-6
細川由起子(1986)「日本語の受身文における動作主のマーカーについて」『国語学』144