戻る
調査文】 【調査地 青森(弘前)秋田岩手(花巻)福島(喜多方)

●東北方言の助詞サの用法-2……青森(弘前)・秋田・岩手(花巻)・福島(喜多方)


 助詞「サ」を含むいくつかの文について、使用の有無を問うアンケート調査を行った。調査地域は、@青森(弘前実業高等学校生徒)、A秋田(秋田大学学生)、B岩手(花巻南高等学校生徒)、C福島(喜多方女子高等学校生徒)である(いずれも当該地域内出身者)。調査は、「サ」を含む各調査文について、「サ」を「使う」場合は○、「使わない」場合は×をつけてもらうというものである。調査結果は、用法別に調査文を並べ替え、それぞれの「使う」回答率(以下「使用率」)を示した。
 東北方言の「サ」の本来の用法は、「移動の方向・着点」(調査文(1)(2))を表すことにあると考えられ、いずれの地域でも高い使用率が認められる。また、空間的な移動はないものの、動作の及ぶ「(着点的)相手」(調査文(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9))の場合にも「サ」の使用率は高い。さらに「比較・対照の相手」においても、「移動の方向・着点」「(着点的)相手」とほぼ同様の比較的高い使用率が認められる。
 一方、「移動の目的」の用法では、名詞に後接する用法(調査文(14))は、いずれの地域も「移動の方向・着点」等に匹敵する高い使用率であるが、動詞連用形に後接する用法(調査文(13))では、<岩手>、<福島>では(14)とほとんど変わらない使用率であるのに対して、<青森>、<秋田>では使用率が極端に低い。
 次に事物の「存在場所」を表す用法であるが、存在物が有情物であり自らの意志で移動可能なもの(調査文(15))、存在物が無情物であるが移動可能なもの(調査文(16))、存在物が無情物で移動不可能なもの(調査文(17))の別で見てみると、<青森>、<秋田>では、いずれも「移動の方向・着点」等に匹敵するかそれ以上の高い使用率であるのに対して、<花巻>・<喜多方>では、(15)が「移動の方向・着点」等を遙かに上回る使用率である一方で、(16)、(17)では、段階的に使用率が落ちている。このことはすなわち、「存在場所」を「サ」で表すことが、<青森>、<秋田>では何らの制限もなく可能であるのに対して、<岩手>、<福島>では「移動可能性」ということが制限となる、ということを意味している。その点で、(18)所有物(人)、(19)能力、(20)感情といったものの所在場所としての「所有の主」を表す用法は、この用法が「移動可能性」を想定できない用法であることから、<岩手>、<福島>では、「サ」で表すことはないようである。一方、<青森>、<秋田>では、これらの用法でも(使用率が落ちるものの)使用可能だと意識されているようである。
 「変化の結果」については、先に「変化構文「〜サなる」のサの適格性」で見たとおり、変化の「前→後」の「方向性」が見いだしやすいものでは「サ」の使用が可能になってきている一方で、変化の「前→後」が想定しにくいものでは使用率が非常に低い。
 受動文の動作主、および「(〜テ)モラウ」の相手という「動作の起点」となる格は、「移動先に向かう方向性」も「場所性」も持たず、『方言文法全国地図』の調査でも(第27図「犬に追いかけられた」、第26図「息子に手伝いに来てもらった」)、「サ」の使用はほとんど見られない。一方で、今回の若年層の調査では、いずれの地域でも、ある程度の使用率が見られる。若年層で用法が広がってきているものと言える。
 (28)の「役割」は、いずれの地域においても使用率が高い。「娘を嫁サやる」というこの項目は、おそらく「移動の目的」に連続するものと考えられ、「名詞+サ」の形をとることから、使用率の上でも(14)に匹敵するものと見てよかろう。一方、(29)の「名目」は、意味的には(28)の「役割」に連続すると考えられるのであるが、いずれの地域も使用率が非常に低い。(28)には「移動性」があるが、(29)にはそれがないことが要因であろう。また、(30)の「比況」は、<青森>、<秋田>で使用率が高い。この用法は、「比較・対照の相手」と連続するものと言えそうである。ただし、「比較・対照の相手」にあげた調査文よりも全般的に使用率は低くなっており、<岩手>、<福島>ではほとんど使用されていない。(31)の「感情の誘因」も、<青森>、<秋田>で比較的使用率が高いのに対して、<岩手>、<福島>ではほとんど認められない用法のようである。(32)「時」、(33)「割合」、(34)「強調」、(35)「列挙」、(36)「副詞の一部」の「サ」の使用率は、各地とも非常に低い。その中で<青森>に、「時」、「副詞の一部」の用法で50%前後の使用率が見られるのが際だっている。
 標準語のヲ格、ガ格の意味領域を「サ」で置き換えた調査文について見てみる。老年層においては、地域によって、(38)「鳥サ追いかけた」のような「対象に向かう方向性」が認められるもの、あるいは場所名詞に後接するものでは、「サ」が使用可能となることがあるという報告があるのであるが、今回の調査では、いずれの地域も使用率が非常に低い。その中で(42)「ここサ掘ってみろ」の使用率がやや高いが、これは「ここに(向かって)掘ってみろ」の意味で取りやすいことによるようである。
 以上をまとめると、
(1)若年層における「サ」の用法は、標準語の「ニ」の用法の範囲で広がりつつある。その際、「方向性」「移動性」「場所性」といった意味を持つ用法から使用が広がっている。
(2)<青森>・<秋田>は、全体的に「サ」の使用率が高い。この地域では、標準語の「ニ」に対応する方言形として「サ」を使用している。すなわち、「サ」は「標準語的な「ニ」に対立する方言的な表現」として再生し、多用されているものと言える。
(3)<岩手>・<福島>は、全体的に「サ」の使用率が低い。また、「方向性」「移動性」「場所性」といった「サ」の本来の使用に制限をもたらす条件を反映した回答傾向が認められる。この地域では、老年層の持っていた用法上の制限を引き継ぎ、「古い方言形」として「サ」の使用が衰退しつつあるものと言える。

【参考文献】
鎌田良二(1966)「東北方言における格助詞「サ」について」『甲南女子大学研究紀要』2
国立国語研究所編(1989)『方言文法全国地図 第1集』大蔵省印刷局
小林 隆(1995)「東北方言における格助詞「サ」の分布と歴史」『東北大学文学部研究年報』44
−−−−(1997)「周圏分布の東西差−方向を表す「サ」の類について−」『国語学』188
−−−−(1998)『アンバランスな周圏分布の成立』文部省科学研究費補助金 研究成果報告書
佐藤喜代治(1961)「東北方言における格助詞「サ」の用法」『国語学研究』1
佐藤亮一(1994)「鶴岡方言における助詞「サ」の用法」国立国語研究所『鶴岡方言の記述的研究−第3次鶴岡調査報告1−』秀英出版


戻る