| 原因・理由表現形式の地理的分布概観 日高 水穂1.『方言文法全国地図』による概観 標準語の「から」と「ので」の(主に形式面での)違いをふまえ,国立国語研究所の『方言文法全国地図』の調査では,次のような「から」「ので」を含む文が調査され,第1集にその分布図が収録されている。
 第33図 雨が降っているから行くのはやめろ。 [PDF/1.4MB]
 第37図 子どもなのでわからなかった。 [PDF/1.5MB]
 第33図は主節が命令文(行為要求の文)で「ので」よりも「から」が現れやすいとされるものであり,第37図は後件が叙述文で「から」よりも「ので」が現れやすいとされるものである。ただし,実際には,標準語において,「雨が降っているので行くのはやめろ」あるいは「子どもだからわからなかった」が不自然なわけではなく,両者は置き換え可能である。それにもかかわらず,この2つの分布図では,異なる形式が回答されている地点が多いのであるが,このことからただちに,第33図と第37図の例文が,形式の使い分けに関わる違いを持っているとは言えない。『方言文法全国地図』のような「標準語翻訳式」による調査では,提示された標準語の例文で用いられた形式に近い形式が積極的に回答されるのが普通だからである。したがって,両図で異なる形式が回答されている地点については,その2つの形式がそれぞれ置き換え不可能な形式であるのかどうかを確認していくことが,記述調査においては必要なこととなる。また,同じ形式が回答されている地点についても,併用される別の形式が存在しないのかどうかを確認していくことも必要である。談話資料などを見ると,原因・理由表現には,複数の形式が併用されているのが普通であることからすると,各地方言は標準語と同様に「から」相当の形式と「ので」相当の形式を併用しており,『方言文法全国地図』の調査結果は,そのどちらが用いられやすいかに地域差がある,と見るべきだと思われる。
 そうした点を念頭においた上で,この2つの分布図から,「から」「ので」に相当する主要な形式の分布状況を概観してみる。
 まず,第33図には,以下のような形式の分布が見られる。
 
                
                  |  | ・カラ類の形式が,東北地方の太平洋側から関東地方にかけて広く分布している。西日本では,宮崎県や鹿児島県の種子島・屋久島などにカラ・カリ・カイというカラ類の形式が見られる。 |  
                  |  | ・中部地方に「述語+ニ」「述語+デ」の形式が分布している。「述語+デ」は,鹿児島県を中心に九州南部にも分布している。 |  
                  |  | ・西日本には,ケン類(ケン,ケー,キニなど)の形式が広く分布している。 |  
                  |  | ・近畿地方から東日本の日本海側にかけて,以下のようなサカイ類の形式が分布している。 |  
                次に第37図であるが,第33図と異なる形式の分布について見ると,以下のような形式が注目される。
                  |  | 〔サ-〕 | サカイ・サカイニ・サカ・サカニ等.....近畿地方・北陸地方 |  
                  |  |  | サケァー・サケー・サゲァ・サゲ等.....近畿地方・山形県 |  
                  |  | 〔ス-〕 | スカイニ・スカ・スケァー・スケ等.....新潟県・岩手県・青森県 |  
                  |  |  | ステ(シテ).........................青森県 |  
                  |  | 〔ハ-〕 | ハゲァーニ・ハゲ等...................山形県・秋田県 |  
                これら2つの分布図を比較すると,「から」の調査文と「ので」の調査文で異なる形式を回答する地点は東日本に多く,山陰地方を除いて西日本には少ないこと,「から」の調査文に現れる形式は「ので」の調査文にも現れるのに対し,「ので」の調査文にのみ現れる形式があること,などがわかる。
                  |  | ・関東地方を中心にナノデ類が分布する。 |  
                  |  | ・中部地方を中心にモノを含む形式(モンダモノデ,ダモンダデ,ダモンダニなど)が分布する。 |  なお,『方言文法全国地図』第1集には,原因・理由表現に関わる項目として,接続詞「だから」に相当する表現の分布図が収録されている。
 第35図 だから言ったじゃないか。 [PDF/1.4MB]
 この分布図によれば,原因・理由を表す形式の分布は,第33図に現れた形式の分布状況にほぼ一致する。また,第34図「だから言ったじゃないか」と第35図から接続詞「だから」相当形式の分布を概観すると,ダカラ・ジャケーなど<断定辞+「から」「ので」相当形式>という語形成のもののほか,ソヤサカイ・ホンダカラなどソ系指示詞を前部に含む表現が比較的広く分布していることがわかる。
 
 2.要地方言の原因・理由表現の概観
 以上の分布状況をふまえ,原因・理由表現形式の地域差に関して要地となる方言として,以下の地域を選定し,共通の調査項目による記述を行った。
 (1) 青森県八戸市
 (2) 山形市
 (3) 東京都新宿区
 (4) 山梨県奈良田
 (5) 岐阜市
 (6) 富山市
 (7) 京都市
 (8) 広島県三次市三和町
 (9) 沖縄県那覇市首里
 これらの地域で用いられている主要な原因・理由表現は,以下のものである。なお,富山市方言の(α)は「から」相当の用法を持つ形式,(β)は「ので」相当の用法を持つ準体助詞を含む形式である。
 (1) 青森県八戸市:スケ・カラ(ガラ)
 (2) 山形市:カラ(ガラ)
 (3) 東京都新宿区:カラ
 (4) 山梨県奈良田:ドーデ・デ・ニ
 (5) 岐阜市:デ・ニ
 
                (7) 京都市:サカイニ・サカイ・カラ・ンデ・シ
                  |  | (6) 富山市:(α)サカイ・サカイニ・サカライニ・ノッテ・デ・カラ/(β)カ゜デ・カ゜ンデ・モンデ・モンダサカイ・モンダサカイニ・モンダノッテ・モンダデ |  (8) 広島県三次市三和町:ケー
 (9) 沖縄県那覇市首里:クトゥ・シニチーテー(シンチーテー)・ムンヌ
 それぞれの方言における各形式の用法の詳細は各報告にゆずるが,ここでは概観として以下の点を指摘しておきたい。
 
                
                  |  | ・原因・理由表現の基本的な意味である,事態の原因(1-1),行為の理由(1-2),判断の根拠(1-3),発言・態度の根拠(1-4)については,どの方言にも,すべてを表し得る汎用の形式がある。 |  
                  |  | ・主節の文タイプによって,制限のある形式が見られる。 →要求文などの働きかけの強い文では用いられない:(6)β類
 →叙述文などの働きかけの弱い文では用いられない:(5)ニ
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                  |  | ・理由を表さない用法(1-5)では,制限のある形式が見られる。 →(6)β類
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                  |  | ・原因・理由節の述語用法(1-6)では,制限のある形式が見られる。 →(1)スケ,(6)サカイ類,(7)ンデ
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                  |  | ・推量表現に後接する用法(1-7-2)では,制限のある形式が見られる。 →(1)スケ,(6)サカイ類,(7)サカイニ・サカイ・ンデ
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                  |  | ・文末用法(1-8)では,制限のある形式が見られる。 →(5)デ,(6)β類,(9)シニチーテー(シンチーテー)
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                  |  |  |  参考文献 小林賢次(1992)「原因・理由を表す接続助詞―分布と史的変遷―」『日本語学』11-5 彦坂佳宣(2005)「原因・理由表現の分布と歴史―『方言文法全国地図』と過去の方言文献との対照から―」『日本語科学』17 ――――(2006)「地図に見る方言文法 第33・37図(雨が)降っているから,子どもなので(わからなかった)」『月刊言語』35-12 |